遠いお空のお月さま
わたしの大事なご主人が
歩哨に立ったその夜は
どうぞお願いお月さま
足もと明るく照らしておくれ
おたのもうします
この詩は、母方の祖母から晩年
何度も聞かされていた詩です。
孫全員が今でも覚えている詩です。
祖母は、18歳で村一番のイケメン祖父と結婚し
四人の子に恵まれましたが、戦況が厳しくなり祖父は徴兵へ。
終戦を迎える一年前に(昭和19年4月ニューギニア島)戦死していた事を知ったのは、
終戦から一年以上経った昭和21年暮に届いた死亡告知書でした。
祖母が、齢24で乳飲児四人かかえながら、大事な大切なご主人(祖父)の
戦時下で歩哨に立つ時を想って書いた詩なのか、もう知ることができません。
その詩は、紙に書いてあるのを読むのではなく、いつもそらで読んでいました。
情景が伝わってくる詩はいつ書いたのか。
どんな時に口ずさんだのか、ほんとうに知ることができません。
もっとちゃんと祖母に聞いておくべきでした。
祖母が他界して17年、戦後80年を迎える今日、
blogに、この詩を祖母と祖父へのレクイエムとして残させてください。
祖母が生きた91年の生涯は、大変だったって言葉では片付けられないほど波瀾万丈でした。
あまり多くのことを(戦前戦後)語らなかった祖母ですが、
日に5銭のお金がなくて大変だったって。
お前の母親は父親に一度も抱かれなかったって。
最後だとわかっていたら、
千葉県佐倉の駐屯地に子どもたちを連れて顔を見せてあげたかったって。
戦後、一家の主人がいない家は絶えると言われたけど気丈に凛として祖母は守ったって。
姑 小姑との生活があたりまえの時代で、いろいろと苦労があったって。
村一軒のお店(酒屋)に、畑に鶏や牛や馬の世話と良く働いたって。
子どもたちは独立し近くに住み孫にかこまれてうれしいって。
悲しいのは、子どもに先立たれた事だって。
人って、辛い事柄ほど口にするのを嫌うのかもしれません。
それは自分たちが想像する域を超えているから。
後悔は、祖母の話しをちゃんと聞いてあげなかったこと。
ごめんなさい。
ドラマちっくなオマケの話。
祖父の写真は一枚も無いって言ってた祖母。
祖母が亡くなった後、桐の箪笥の奥から2人の晴れ姿の写真がみつかり
親戚一同、初めてみた祖父の姿に驚いたんだよって伝えたい。ほんと
祖父は、村一番のイケメンでとても精悍なイメージでしたねって伝えたい。
祖母は、自分たちの知っている祖母ではなく、かわいい10代の娘でしたねって伝えたい。
祖母にとって僅かだけど幸せだった祖父とのオモイデを、
大切に仕舞っていたのかもしれません。そうでしょ⁇
箪笥から5銭札もいっぱいでてきました、お守りのように。そうでしょう⁇
敬愛するトミさんへ。
いつもお空から見守ってくださり、ありがとう😊ございます。
いろいろと苦労が絶えない時代を生きたトミさんの凛とした姿は忘れません。
どうぞイケメン祖父と天国で再逢し、いっぱい甘えてくださいね。
*歩哨(ほしょう)➖軍隊で見張や警戒の任務にあたる兵士を指します。
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